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はじめに

被爆70年に合わせてNHKが世論調査を行いました。
広島に原爆が投下された日付について、「昭和20年8月6日」と正しく答えられた人は、広島で69%、長崎で50%、全国で30%でした。





また、長崎に原爆が投下された日付については、「昭和20年8月9日」と正しく答えられた人は、広島で54%、長崎で59%、全国で26%でした。
さらに、「アメリカが原爆を投下したことについて現在、どう考えていますか」と聞いたところ、「今でも許せない」と答えた人は、広島で43%、長崎で46%、全国で49%でした。

一方、「やむを得なかった」と答えた人は、広島で44%、長崎で41%、全国で40%でした。

 

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広島への原爆投下

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍は広島市に原子爆弾を投下しました。

実戦で原子爆弾が投下されたのは世界で初めてのことでした。

当時広島市の人口は約35万人でしたが、そのうちの9〜16万人が被爆から2〜4ヶ月以内に死亡したと言われています。

長崎への原爆投下

1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分、アメリカ軍は長崎市に原子爆弾を投下しました。

実戦で投下された二発目の原子爆弾でした。

当時長崎市の人口は約24万人でしたが、そのうち7万4千人が死没したと言われています。

なぜ原爆は投下されたのか?

1942年8月、核兵器開発をドイツが進めているという情報があり、ドイツに先んじて原子爆弾を開発する目的で”マンハッタン計画”が始められました。
当初アメリカは戦争を終結させるために、ドイツに対して原爆を投下する目的でしたが、そのドイツが1945年5月に降伏したため、日本へ原爆を投下することにしました。
原爆投下の理由については諸説あり、アメリカが軍事力を誇示するために投下したという説や、放射線障害の人体実験を行うためだったという説もあります。


なぜ広島と長崎だったのか?

アメリカは投下目標として当初京都市、広島市、新潟市、小倉市(現北九州市)を選定していました。
京都市に関しては、戦後「アメリカと親しい日本」をつくる上で京都の歴史や文化財を破壊した場合、日本国民の大きな反感をかう恐れがあるという判断により爆撃目標から外され、代わりに長崎市が候補地に加えられました。
8月6日の攻撃目標は第一目標が広島、第二目標が小倉、第三目標が長崎でした。
8月9日の攻撃目標は第一目標が小倉、第二目標が長崎でしたが、八幡空襲で生じた靄により小倉上空が視界不良であったため第二目標の長崎に投下されることとなりました。

今なお続く論議

 

原爆投下の是非については未だに賛否が分かれています。
賛成派の主な主張は、戦争を早期に終結させるためには必要不可避であった
というものです。
たしかに長崎への投下から6日後の8月15日に日本軍の無条件降伏が宣言されました。
また、日本本土上陸を行った場合の米兵の犠牲は100万人という推計もあります。
ですが、投下の時点ですでに日本軍にはアメリカ軍に抗する余力は残されていなかったという見方もあります。
実際アメリカとしては外交的手段で戦争終結を図ることは可能であり、日本が払った犠牲はあまりにも大きすぎたという意見は投下当初のアメリカ側にもあったようです。
さらに二発の原爆は一般市民が標的にされており、日本への懲罰であるとする意見もあります。

まとめ

原爆が投下されてから今年で70年になります。
奇しくも今年は安全保障関連法案が審議されており、戦争や平和というキーワードを例年よりも目にすることが多いように感じます。
ですが、本当に大切なことは戦争や平和について一人ひとりがきちんと理解することではないでしょうか?
広島や長崎で起きたことを知ることはとても大切なことではないでしょうか?