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2015年の8月9日、東南アジアの都市国家であるシンガポールは独立50周年を迎えました。2015年は同国の初代首相でありシンガポール発展の礎を築いたリー・クアンユーが亡くなった年でもあり、シンガポールでは1か月前から毎週末に盛大なパレードが行われており、国民のボルテージは最高潮です。今回は、このニュースを様々な観点から見ていきたいと思います。





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シンガポールの現在

シンガポールは、マレー半島の先端にある小さな国家で、面積は東京23区と同じ程度、人口は500万人程度です。

一方で、シンガポールは国家規模でグローバルに対応するための政策を進めてきたこともあり、今日のグローバル経済では多くの多国籍企業がアジアの統括本部をシンガポールに置くまでに影響力を持っています。

同国のグローバルな政策の1つに、「あらゆるもののハブ」をシンガポールに設置してもらうための環境づくりが挙げられ、シンガポールが誇る巨大空港であるチャンギ国際空港はその典型といえます。

これらの政策は大きな成果を挙げており、2014年には中東の産油国を除いたアジアの国家で1人当たりのGDPが1位になっています。

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シンガポールの民族

シンガポールは典型的な多民族国家で、75%を占める中華系以外にもマレー系やインド系など様々な民族が混在しています。

しかし、英語教育に力を注いでいることやシンガポール政府が各民族を尊重していることなどから、大規模な衝突は起こらず治安は安定しています。


 

シンガポールの独立前の歴史

もともと、シンガポールには少しばかりの先住民がすんでいるだけでした。

19世紀になり欧米の列強が東南アジアに進出してきた段階で大英帝国がシンガポールを買い取り、自由貿易港を整備したことで一気に発展しました。

その頃に整備されたホテルなどは、今でも多数残っており観光スポットになっています。

その後、太平洋戦争下では日本軍の占領を受け、建物の破壊や反逆分子の殺害など、シンガポールは少なからぬ被害を受けました。

戦後、シンガポールは再びイギリスに渡りますが、同時期の植民地独立ブームに乗りシンガポールはマレーシアと共に1つの国として独立します。

これが第一の独立です。シンガポールはマレーシアの一部として共に歩んでいくはずなのでしたが、様々な民族が混在しているシンガポールは国家の混乱を招きかねないとして、たった2年でマレーシアから切り捨てられる形で独立します。

 

シンガポールの独立後の歴史

独立後のシンガポールには、大げさではなく何もありませんでした。

土地もない、観光資源もない、石油もない、歴史もない、そのような劣勢の中で、リークアンユーは初代首相として改革を進めていきました。

彼は経済・外交・教育・国防に重点を当てた国家運営を行うことを決め、開発独裁と言われる政治形態の中で31年間首相を務めシンガポールを1流の先進国にすることを実現しました。

その政策は今でも根強く残っており、今でもシンガポールの国家予算の半分弱は国防費と教育費に充てられています。

 

今後のシンガポール

独立後、ものすごい勢いで発展を遂げてきたシンガポールですが様々な課題も生まれています。

例えば、外国人労働者を受け入れ続けた結果、土地不足が深刻になりあと100~200万人程度しか人口は増やせないという試算も出ています。

また、自国民に限ってみると少子高齢化が急速に進行しており、同国の発展の基礎となった教育システムを支える子供が少なくなっていることは深刻な問題です。

同国では独立50周年の一連の式典などで「次の50年」を強く意識しており、2065年に独立100周年を迎えるとき、どのような国家になっているか非常に楽しみですね。