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阿部談話の後の世論調査で 内閣支持率が前回7月の37.7%から5.5ポイント上昇したことに、政府は、ホッとしていることでしょう。

安全保障関連法案の今国会での成立を目指す中で、なかなか国民の理解を得ることができない現状において、待ってましたというかのように野党の攻勢に晒されてしまった首相補佐官の失言や、メディアのやや中立性にかけた論調などもあり、大きく支持率を落としていた阿部政権も、秋に向けての政策推進に、多少の力を得たのではないでしょうか。





 

7月の支持率グラフでは、安保法案や若手議員らによる問題発言などが支持率の低下の要因だったのではないでしょうか。

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国民の顔色を伺う民主主義

主権者が、国民である民主主義は、選挙で選ばれた代表者たちによって、国全体や、地域社会の方向性を決めていくわけですが、その代表者となるべき人が、何か国民の人気投票によって決められていることが偽らざる現状ではないでしょうか。

ある意味、仕方のないことではありますが、私のために何かしてくれる、私の利益になる人を選んで、国が本当に、必要としていることより、私個人が必要としていることを与えてくれる人に選挙で投票するというのが、現実の民主主義政治の姿ではないでしょうか。

 

ギリシャの例

先日のギリシャの問題に見るように、国として生き残って行くためには、ひとりひとりの国民は、一体何をすべきなのかを知ることのできるんだろ良い例だったのではないでしょうか。

ギリシャのチプラス首相は、ギリシャの人たちの思うままを支持して、国民投票の結果こそが、自分の考えであるかのように振る舞いましたがEUとの話し合いでは、ギリシャ国民の思いとは違った方向で合意して、国民投票を利用して自らの立場を守った印象を持ちました。


個人の利益を優先した民意は、国としてあるべき方向性を失うのは、何も外国だけの話ではなく、子供手当をあてにして、民主党に政権を持たしてしまった私たちも、同じような過ちを経験してきました。

自分自身に降りかかる不利益や利益のみ考えて、国の実情そっちのけで賛成したり反対したり、それでいて責任を政府に押しつけるのは間違っているのではないでしょうか。

 

国の為に何ができるか

国の為に働く、などと言うと日本の場合、戦争が連想されて本来の意味から外れてしまい、自己を犠牲にしてまで国の為にするべきではないといった風潮になってしまいますが、アメリカのケネディ大統領は、国が私に何をしてくれるのかではなく、私が国に何ができるかと考えてほしいと訴えました。

科学、文化芸術、スポーツなどを通して日本を世界に知らしめたり、あるいは、災害の際のボランティア活動の海外の人たちに感銘を与えたりできるわけですから、自分が国のためにできることを優先するということは、もっと声を大きくして言うべき事なのではないでしょうか。

 

反対の声の嵐の中で

安倍首相は、日米安保やPKOを例にとり、今回の安全保障関連法案が、後に多くの人に理解されると信じて、メディアや野党、そして国民からも沸き上がる反対の声の嵐の中でも真っすぐに突き進めていっています。

国民の顔色をうかがい選挙で勝つことだけを考える政治家とは違う、国の行くべき方向性を信念を持って率いているリーダーではないでしょうか。
日本の民主主義は、有能で絶対的な国の指導者を生み出すことが難しい複雑な社会となっていて、その中で長期政権を維持し、デフレによってもたらされる悪循環の中で、閉塞感でいっぱいだった景気が、少なからず回復してきたことや、地球の隅々まで行って支援や協力を約束してきたことは、世界の指導者が日本に向けてきた、短い間に指導者がコロコロ変わり、何もできないというマイナスの評価を覆し、確かに信頼されうる国として見られるようになって来たという事実をきちんと評価して、今後、どのようなリーダーシップを持って政策を進めていくのか見ていきましょう。