Pocket

鹿児島知事の女性蔑視発言とは

政治家の「問題発言」には数パターンがある。

①自分の信念を貫くために批判を承知で「敢えて」主張する
②メディアなどで注目されたいために「敢えて過激な言葉」を選ぶ
③講演会などその場だけのウケを狙った結果失敗する
④単なる無知

今回はどれだろうか。





鹿児島県の伊藤祐一郎知事が県の教育委員会で発言した内容が話題になっていた。
それは「高校教育で、女子に三角関数のサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」というものだ。
これについて女性蔑視だとの批判を受けた知事は8月28日の記者会見で「自分自身も使ったことがないよねという意味、口が滑った」と述べて訂正した。

当初この事実を知ったときに、「もしかしたら知事は女子教育についての議論の場だということを失念し、性別に関係なく一般論のつもりで言ったのではないか?」と記事を疑った。
しかし、よくよく調べてみると、同時に「女性委員に怒られるけど」と前置きしたり「社会で使ったことがあるかと女性に東都10分の9は使ったことがないと答える」とも発言しているので、これは釈明の余地がないと残念に思った。
ネット上では「鹿児島の風土がもともと男性優位であることが背景にある」とする声もあるが、そういう問題ではない。「薩摩隼人」は「薩摩おごじょ」がいたからこそ誇り高くいられたのだ。

鹿児島知事はどんな人物か?

伊藤 祐一郎
いとう ゆういちろう
生年月日 1947年11月17日(67歳)
出生地 鹿児島県出水市
出身校 東京大学
前職 自治省官僚
総務省官僚
所属政党 無所属
当選回数 3回

2462462

銀行員である父親の仕事の関係により阿久根市・鹿児島市などで育つ。

ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒業。

最後の総理府地方分権推進委員会事務局次長であり、省庁再編後には初代の総務省大臣官房審議官をつとめた。後に民主党代表を務めた小沢一郎が自治大臣の際には大臣秘書官も務めている。

引用元:ウィキペディア

 

2004年に行われた保守分裂の激しい県知事選挙に出馬、元県議会議長、元兵庫県副知事らを破って初当選。2008年再選し、2012年3選を果たす。


2013年5月に利用が低迷する鹿児島空港の上海便の航空路線維持のため、県職員らの上海派遣研修事業を発表したが、批判が起こった。知事リコール運動が起こるも、2ヶ月で約27万5千人を集める署名で約15万人に留まり、リコールは断念となった。

引用元:ウィキペディア

 

 

 

 

社会で必要ではない知識をなぜ学ぶ

三角関数に限らず学校では「社会で必要ではないと思われる知識」も学ばされる。
確かに三角関数も全ての人が必要とするわけではないだろう。

しかし、こうした知識そのものが必要なのではなく、
①物事の答えを導き出す道筋を見に着ける
②未知&未経験のものに取り組み、目標に向かって達成する
・・・ことなどの訓練にはなっているはずだ。
要は丸暗記ではなく、応用力の基礎になるということである。
言うまでもなくここに男女の差は関係ない。

知事はこうも言っている。
「世の中の草花の方が将来、人生設計において有益かもしれない」
あなたは草花の名前について、学校で教わったのが最初だっただろうか。
祖父母や親、あるいは友達と、道端や公園、原っぱなどにしゃがみ込みながら
知ったのではないだろうか。

人生で必要なことは、人生で出会う大切な人々や自らの経験で学ぶことが多い。
そうした知識を生かす手助けとなるのが学校の授業だ。

「サイン・コサイン・タンジェント」云々を語る前に
知事に対しては「長い人生の中で、そんなことも学ばなかったのですか」と問いたい。

何のために学ぶのか

さて、この発言を聴いて頭に浮かんだことがある。
「選挙年齢の18歳への引き下げ」だ。

来年夏の参議院選挙からは高校生も投票できるようなる。
それにあたって議論されているのが「主権者教育」だ。

「学校で政治についてどう教えるか」
主義主張が異なる問題が多い中で、偏りなく政治を学ばせるのは難しいとされる。
しかし、この指摘には重要な視点が欠けている。

それは「自分で考える力を身に着けさせる」という点だ。
選挙で誰に投票するか、政治に参加するかに関して最も大切なことは
世の中で人々がどう暮らし、何を切実に求めているかを知ることだ。

そのためには授業でどう知識を教えるか以上に
歴史の証言者や、実社会で働く人、社会的弱者と言われる人々との接触が必要なのだと思う。
そして、人々が求めていることをどう実現するのかに必要なのが
国会や政府、司法関係の「ルール」や「しくみ」である。学校で教えるのはその部分だ。

 

何のために学ぶのか。

それは自分や大切な人を幸せにするため、
社会の人々が幸せに生きるためにはどうすればいいかを考えるためだ。
その基礎的な技術と道具を身に着けるのが教室だ。
それに男女の差など関係ない。
この世で助け合って生きていくのだから。

政治家である知事は何のために
学んできたのだろう。