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2015年4月22日に俳優の荻原流行(当時62歳)が東京・杉並区の青梅街道でバイク事故により死亡するという事件がありました。

 

事故当初の報道では

当初は荻原流行サイドによる過失事故であるかのような報道がなされていました。





4月22日の午後6時頃、杉並区高円寺の青梅街道上り線(片側3車線)で事故が発生し、雨は降っていましたが見通しの良い直線道路にて荻原流行が運転していた大型バイク(ハーレーダビッドソン)が中央のレーンを時速50キロほどで走行中に、前の車を追い越そうとして右車線に入ろうとし転倒、
意識がなく病院に搬送されましたが午後7時半過ぎに死亡が確認されたとの報道でした。

 

萩原流行事故現場の画像

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その後事件は一変

しかしその後一転し、この事故には警視庁高井戸署の護送車が関わっていた可能性が高いことが同庁交通課への取材から浮上したのです。

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護送車を運転していたのは高井戸署の男性警部補(当時56歳)、護送車の中には留置中の男性容疑者1名と署員2名も同乗しており、この護送車が左車線から中央車線に入る際、後方の確認が十分になされなかったことが原因で荻原流行のバイクに接触したとみられ、
そのため荻原流行が右車線に投げ出されることとなり後続の乗用車にひかれたものとの見方が出ています。


明らかになる警察による隠蔽

警視庁は荻原流行の事故死を発表した際には、バイクの直前を横切ったワゴン車が護送車だったことは伏せていました。

しかし護送車には接触した跡がはっきりと認められるそうで、運転していた警部補は「ひいたという感覚はなかったが、ドンと転倒したバイクの音が聞こえた」と話しています。

伏せていた理由として「事実確認が取れていなかったため」としていますが、明らかにした上で現在調査中とすることもできたわけですから、現職の警察官による公務中の死亡事故を隠蔽しようとしたものと受け取られても仕方のない失態と言えるでしょう。

 

9月に入りようやく書類送検

警視庁は今月10日にようやく護送車を運転していた高井戸署の男性警部補を自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)容疑で書類送検しました。

また萩原流行の死因が胸部を強く打ったことによる左心房破裂によるものるであったことも明らかになりました。
警視庁は、護送車が車線変更する際に安全確認が不十分だったと断定しており、運転していた警部補も「車線変更が事故の一因だったことは間違いない」と話しているといいます。

 

荻原流行の妻、まゆ美さんは

7月の会見の際には「萩原流行の名前に着せられた汚名をそそぎたい」との思いを募らせコメントしていた妻のまゆ美さんは、書類送検を受け

「やっとスタートしたとの思いが正直なところです」
と報道各社にコメントをしました。

今後については法律的な動きを担当弁護士に一任しているとのことです。

かねてより荻原流行による事故ではないと訴え続け、警察に対して不信感をあらわにしていたまゆ美さんの思いがようやく実ったといえます。

 

この執念ともいえる懸命な訴えが無ければ、この事件は明らかにされなかったかもしれません。

複雑な事件の場合で一般的には2ヶ月半かかるという書類送検ですが、今回の事件に関しては書類送検に至るまで5ヶ月近くかかっています。

 

現職警察官が起こした事件、これに対して費やされた期間は果たして早かったのでしょうか遅かったのでしょうか。

この件が発覚して以降、警察による隠蔽工作のようなものがこれまでの過去の事件にもあったのではないか、疑いを持たずにはいられません。

ようやく書類送検された今回の事件が早く解決されることと、まゆ美さんの心の傷が癒える日が来ることをお祈り致します。