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インドの総合病院で、先天性呼吸器疾患のために、生まれて間もない赤ちゃんが、新生児外科病棟で人工呼吸器を取り付けられることになりました。

 

両親は遠くから見守るしかない状態の中でしたが、生まれて2日目に赤ちゃんの様子がおかしいことが遠目からでも解った両親は、病院に訴えたのですが、既に赤ちゃんは呼吸器の中で、ねずみに両足や左目が食いちぎられていたという悲惨な状態になっていたのです。





呼吸器に入れられたときに、すでにその周囲をネズミがうろうろしていたと言いますし、こんなことがあり得るということ自体があり得ないと、日本の人たちにとっては驚きのニュースなのに「天井が抜け落ちていたから、病院施設の管理会社に修繕依頼をしていたが、どうも間に合わなかったようだ。しかし、あなたたちには子どもはもう一人いるから良いではないか。」という呆れたことを病院側が言っています。

 

政府運営の総合病院の天井画崩壊寸前でありながら、そのままの状態で医療がなされているという恐ろしい事実は、だれが聞いても唖然とします。

次々と驚くような事実と言葉が飛び出すのは、インドだからだろうと言われています。

インドの貧困と医療

インドの病院は、世界でもトップレベルであると誇れる質の高い医療技術があるのですが、それは富裕層向けの私立病院に限ります。

医療の充実度は目を見はるほどです。

そして、その下に中間層のための私立病院があります。

問題になった総合病院は貧困層を中心に、多くの人たちが利用する公立病院です。

公的医療機関は私立病院とは違い、薬剤以外がすべて無料です。

いつも混雑していて、病院の外の庭で野宿して、入院できる順番を待っているという人たちの姿も珍しくないという状況が毎日続いています。


お金がないところは、充実した医療施設も医療技術もなかなか行き届かないのですが、貧困層の人口は多い状況です。

 

私立病院のようにイギリスやアメリカで学んだ高度な医療技術を提供できる医師もいるようですが、彼らは医療セーフティネットとしての存在であることが多く、貧窮層は、医療機関とも言えぬ病院で診察を受けるしかないという状況なのです。

それが、子どもたちのほとんどの死亡の要因は、未だに栄養失調と言われているインドの実態としてなるほどと思えてしまう状態です。

また、予防接種を受けられないのは当然のことになっています。

富裕層から見れば、とんでもないことですが、貧富の差や身分の開きが未だにインドの子どもたちの命を奪っているともいえるでしょう。

 

総合病院に殺されたと訴える両親

これを当たり前などと子を持つ親が納得できるわけがありません。

子どもは、ネズミではなく、病院と医師とスタッフたちに殺されたと泣きながら訴えていますが、裁判所ではなく、泣いて叫ぶ程度のことにとどまっています。

貧困層にはそのような両親は、たくさんいるのです。

日本では、実際はあり得ないでしょうがあり得たとしたら、裁判沙汰になり、大惨事の事件として捉えられますし、民事だけでなく、刑事事件としても捉えられることですから、非常に重い罰則を与えられます。

 

そのような泣き寝入りしなければならない貧富層の多いインドの医療に対して、日本は技術力を高めるための協力をすることになっています。

しかし、今回のように、まだ一人子どもがいるから良いだろうと平然と言う病院の姿勢は、原始時代のインドが、貧困層の子どもは死ぬのが当たり前だから多く産み、何人かが残ればよいという考え方にあります。

インドそのものの原始的なあり方や考え方を変えなければ、どのような手助けをしたとしても、全て富裕層のためのものとなってしまい、何の解決にもならないのははっきりと見えています。