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寝屋川殺人事件証言者になりひどい目に遭った「猫じい」

寝屋川事件の8月12日のコンビニで被害者に会ったと証言をし、警察に大いに協力姿勢を見せた戸塚正樹さんは、テレビにも顔を晒し、たちまち有名人になりました。

 

しかし、それは猫と暮らす生活保護者だということも世間の人たちに広められることになりました。





17匹は飼っているらしいですが、猫を30匹も飼っているとか、長屋住まいで毎日の利益が400円程度の廃品回収業の彼を、生活保護者なのに空き缶回収の利益があり自宅もあるとか、事件に全く関係のないことが女性週刊誌で報道されて、バッシングの嵐を浴び、寝屋川事件の犯人ではないかという憶測も飛び交う状態となってしまいました。

寝屋川市役所にも、生活保護を打ち切るべきだというご丁寧な非難がいくつもあったということです。

そのような状況になることを覚悟してまで証言者としてテレビ画面に登場したのは、「止められた最後の人間なのに止められなかった」という申し訳なさ、罪の意識からだと言います。

 

人としてどうあるべきかを考える「猫じい」

40代後半でありながら、近所の見知った人たちから「猫じい」と呼ばれていたことすら知らない戸塚さんは、周囲から変人のように思われて距離を置かれていることは十分に解っているようです。

しかし、今回の事件に対する彼の後悔の念は、変人どころか人間として周囲の人よりもずっとまともで正しいということが明確です。

9時を過ぎる時間にコンビニでうろうろしている中学生に帰るようにしっかりと声もかけない大人であったことの後悔を彼は今も持っています。


 

被害者女性がブラッシングしている猫を見て「かわいい」と声をかけてきたことから、いくらか話はしたものの、夜の徘徊をとがめることなく立ち去ったのは罪なことで、その時の対応によってはこの事件は起こらなかったかもしれないという意識を持っています。

 

田舎でも分譲住宅が多くなり、隣近所の付き合いは形式的で、できるだけ干渉しあわないことを良しとする人たちが増えています。

ましてや都会において、マンションやアパートに住む人たちは、顔見知りであっても声をかけない状況も珍しくありません。

他にも被害者2人のような、夜をうろつく小学生や中学生は当たり前のようにいるのかもしれません。

それが普通になってしまっている希薄な状態の世の中に、戸塚さんの正義の一言一言が警鐘を鳴らしているとも思えます。

人として役立つ生き方をしたいと考える戸塚さんは、せめて猫の命を守ろうから始まった猫との生活は、決して変人とは言えないでしょう。

 

自分の人生はおまけ。ふなっしーのようになりたい

「猫じい」は、その昔周囲の若者たちと同じような生活をしていたそうですが、26歳の時生きるか死ぬかというような事故に遭い、尿意がマヒする体になってしまいました。

それでも、復帰し、働き続けたそうですが、やはり傷んでしまった体で働くには限界があり、今に至るそうです。

今回の証言についても、その事故以降はおまけの人生だから、犯人として疑われようと犯人に狙われ危ない目に遭おうと構わないと思ったそうです。

普段の生活でも道にはみ出た自転車を通報したりもするそうですが、人としてわきまえた人生を歩むべきとの気持ちを持って、おまけの人生を生きたいと思っている一つの行動のようです。

今後は近隣の人たちだけでなく、見知る人たちから「猫じい」と呼ばれ続けるかもしれないですが、そのことについては「構わない。ふなっしーになりたいから。」と答えました。

戸塚さんは、ふなっしーを見て必ず船橋を連想するように、「猫じい」を見て、寝屋川事件を人々が忘れなければ、今後、大人たちは子どもたちに対してどうあるべきかを肝に銘じるからということを強く願っているのです。